四季の美味紀行
熊本「からし蓮根」
文/おかもとゆうこ 写真/横地 勝
九州の城下町に
江戸時代から受け継がれている
郷土料理があると耳にして
熊本まで出かけることになった。
そこで出会った「からし蓮根」には
意外なエピソードが隠されていたのでした。

 ツーンと鼻にくる辛子、絶え間なく動く手、油の音…。蒸気が工場いっぱいに広がって、きれいな卵色の衣におおわれた「からし蓮根」が次々と揚がっていきます。それは夜も明けやらぬ朝の四時。本日の出荷分が揚げ終わり、休む間もなくまた、明日のための蓮根の仕込みが始まります。
 元祖製造元、森からし蓮根の創業は明治十年。しかしながら、この「からし蓮根」が生まれるまでには創業以前の長い歴史があるのだそうです。
「寛永九年頃、熊本城のお殿様、細川忠利は、たいそう体が弱く、これを心配した玄宅和尚(げんたくおしょう)が増血剤として効力のある蓮根食を進言したらしいのです。当時、細川藩の賄方(まかないかた)をしていた当社の先祖の森平五郎が、熊本名産の麦ミソに和がらしを混ぜ、茹でた蓮根の穴に詰めて、小麦粉・空豆粉・卵の黄身を混ぜた衣をつけて菜種油で揚げた「からし蓮根」を創って出したところ忠利公が元気になられたそうなんです。」
と十七代目当主で現会長、森久さんの孫の森幸江さん。
 結果、藩の珍味栄養食として取りあげられ、明治維新まで「からし蓮根」は門外不出となったのだそうです。
 以来、由来書により語り継がれたこの秘伝料理を守り続けて370年。江戸時代の味を大切に、今も変わらぬ手造りで製造が続けられています。それではと、細川のお殿様が元気になられたという「からし蓮根」を私も賞味させていただくことに。
 シャキシャキと甘味のある蓮根に“おいしい”と思わず声をあげた途端、辛子が鼻と目を襲ってきて、思わず背筋がピン。「からし蓮根」とは“なんと刺激のある食べ物よ”だけど後を引くおいしさなのです。これが、また。



「からしは昔からのぼせ止めとも言われ、新陳代謝を活発にしてくれ、蓮根はポリフェノールも多いんです。」
「マヨネーズやお醤油をつけるとマイルドな味になり、薄切りにしてサンドウイッチにするとまたいいんですよ」と幸江さん弁。
ああ、それ、いい。すごく、おいしそう‥‥。思いがけない組み合わせも「からし蓮根」を食するひとつの趣向。ご当地の食べ物はやっぱりご当地の人に食べ方を教わるのがいちばん、旅の楽しみでもあります。それにしても、機械化が進む中「手造り」にこだわり続けるその理由を聞いてみると、
「人の手の感触は機械には真似できないです」
と会長の森久さん。柔和な表情の中に十七代目としての、職人としての責任と歳月の重みを感じることができました。人の手が、人の心が伝えてきたこだわりと、細やかな心づかいが熊本名物「からし蓮根」の伝統を支えているのだとも。
 使用を許された細川家の「九曜の紋」をのれんにあしらい、殿様のために考案された“健康食”として「からし蓮根」はこれからも一子相伝その製造法は代々受け継がれていくのです。

「熊本城」 日本三名城のひとつ熊本城は
肥後細川家の初代城主、忠利公の城でもありました。

おかもと ゆうこ
コピーライター・アートディレクター。広告制作会社代表。
広告代理店博報堂勤務後、フリーの編集者に。企業広報誌や情報誌の紀行文やルポを中心に活動。芸能・文化人等のインタビュアー、CM原稿制作を経て広告制作会社を立ちあげる。
NTTをはじめ、各種企業、ホテルの広報誌等にエッセイを執筆。

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